坂 村 真  民  の  世  界

よ う こ そ タ ン ポ ポ 堂 ヘ(最終更新2002.7.28)

   (長浜町今坊の夕陽・2002年6月22日撮影)

ようこそ、坂村真民の世界へ、ようこそタンポポ堂へ、真民さんの詩の魅力と真民さんに関する情報をあなたに届けます。

1.詩 国 8 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
3.朴庵(ほうあん)例会のご案内 4.坂村真民全著作一覧 
5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー(奄美大島)
7.作成者からのご挨拶 8.坂村真民関連HPリンク集
9.メッセージボード  

     あなたは  人目の来訪者です。 


坂村真民さんの略歴

明治42年1月6日  熊本県に生まれる。8歳の時に、父親

の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男とし

て母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年 神宮皇

学館(現皇學館大學)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につ

き、36歳全州師範学校勤務中に終戦を迎える。昭和21年

から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩

作に専念する。始めは短歌を志し、昭和12年『与謝野寛

評伝』を著している。四国に移住後,一遍上人の信仰に随

順して仏教精神を基調とした詩の創作に転じる。昭和37年、

月刊詩誌「詩国」を創刊、以後毎月、一回も休むことなく発

刊し1200部を無償で配布している。また詩の愛好者によっ

て建てられる真民詩碑は日本全国47都道府県に分布し、

その数は現在,海外の20基と合わせると約636基となる。

主な著書は、4.「坂村真民全著作一覧」に載せてます。

(南股小学校の除幕式にて(12.9.16撮影)

                                                                


1.詩 国  8 月 号 第 四 十 一 巻 8 月 号
             
                                                                     
 詩国とは

 詩国とは
 幸せの国
 それは
 真心を持つ
 人たちの国
 真民の真が
 意味するもの
 そう思った時
 これからの詩に
 新しい使命が
 生まれた
 これから
 わたしの詩が
 変わって
 ゆくだろう
 海から
 海へ立った
 虹の時のように

  

   火  柱

   まごころ          
   まごころ
   これが宇宙を美しくする
   天の一大火柱だ
   日出ずる国の旗を振ろう

   言は神なりき

  大初(はじめ)に言(ことば)あり 
  言(ことば)は神と偕(とも)にあり
  言(ことば)は神なりき
  に始まる
  ヨハネ伝が
  わたしは好きである
  読んでいると
  波の音が聞こえてくる
  鳥の声が聞こえてくる
  風の音がしてくる
  行ったこともない
  外国(とつくに)の生きものが
  出てきたりする
  詩人ヨハネよ
  タンポポ堂に来て
  一緒に語らおうではないか
  闇を光にしようではないか
  失なわれゆく愛を    
  取り戻そうではないか
  言葉に魂を入れ
  鳥たちと共に
  生きてゆこうではないか
  ああ
  言葉は神なりきという人間を


老樹のまわりに生え
白い花を咲かせていた
それが何より嬉しかった
朴よ
この日のことを
忘れないでくれ


 木魚叩いて

守り給えや
摩利支天
木魚叩いて
天に届けとばかり
般若心経
唱えて祈る
ああ
愛する朴よ
この世での
会いよ


 短  歌

摩利支天守り給ふと聞く故に
いよいよ尊し新見の聖樹

遥々と四国より来て仰ぐなる
新見の里の朴の聖樹よ

誠実な友情といふ花言葉
額をつけて祈りに祈る

七百年の聖樹の下で祝宴す
鶯鳴きて雲一つなし

鳩寿を越えて会う樹のありがたさ
花を咲かせて待ちにし朴よ

摩利支天守り給へる朴の樹に
木魚叩いて心経誦す

一輪をタンポポ堂に持ち帰り
神仏の前に喜びを告ぐ

里びとに守られて来し朴ゆえに
更に千年の齢(よわい)重ねむ

木魚叩いて般若心経唱ふれば
喜びて聞く老樹の朴よ

村人の守り給へる朴なれば
いよいよ尊し大輪の花

摩利支天守り給へる朴の花
五月の空に高々と咲く

ああ樹齢七百年の朴の樹よ
ほう ほけきょうと鶯の鳴く

  

大安吉日車は一路四国より
中国に入リ空に雲なし

  摩利支天(マリシテン)梵語
    常にその形を隠し、障害を除き、利益を
   与えるという天部(神)。
    もとインドで日月の光や、陽炎を神格化
   したもの。日本では武士の守り本尊とされた。
    護身、得財、勝利などを祈る。猪に乗る天女。
                   (広辞苑)

  日本よ永遠なれ

富士の高嶺に
鎮まり在ます
木花開耶媛(このはなさくやひめ)よ
さくら
さくら
日本よ永遠なれ

あなにやし えおとめ
あなにやし えおとこ
国産みの
若い二人の神よ
ああ
日本よ永遠なれ

葦(あし)の芽の
萌え出づる
若き国よ
夢よ豊かに
日本よ永遠なれ

海から生命は生まれ
海は命の始まり
海に囲まれ
生きてきた民よ
日本よ永遠なれ

敷島の日本(やまと)の国は言霊(ことだま)の
たすくる国ぞ真幸(まさき)くありこそ
柿本人麻呂よ
来りて導き給へ
ああ
日本よ永遠なれ

 千 年 後

千年後の祖国が
どうなっているか
それはわからないが
念ずれば花ひらく
いくつかの碑が
残っていて
呼びかけて
くれるだろう
地球温暖化のため
小さい国が
更に小さくなり
富士山頂の
木花開耶媛(このはなさくやひめ)も
淋しがっていられるだろう
わたしが
飛天になりたく
思うのも
そんなことからだ

  影 の 人

 正岡子規には
 妹さんあり
 田中一村には
 姉さんあり 
 共に
 嫁にもゆかず
 生を終えた人
 深夜目覚めて
 浮かびくる
 影の人よ
 ミューズの神の
 なし給う
 愛なるか
      ※ ミューズの神
      ギリシア神話で、人間のあらゆる
     知的活動をつかさどる女神たち。
     現代は詩や音楽の神とされる。

  真 言 碑

 国難ありても
 山河は残る
 石に刻まれた
  念ずれば
  花ひらく
 八宇十音の
 真言碑も
 いくつか
 残るであろう
 新しい碑の
 文字を書きつつ
 幸あれと祈る

                   後        記

                    1 聖  樹  朴

  念じていると必ずその日が来る。私は頂いた樹齢七〇〇年の朴の写真を額(がく)に入れて、枕元に置き、

会える日を念じ祈ってきました。そしてその日が来たのです。

 二〇〇二年五月二十五日、大安吉日、全国朴の会の会長片山さん運転の車に乗せてもらい、四国愛媛を

出発し、岡山県新見市にある聖樹朴に会うため、胸躍らせ、人間に会いに行く以上の愛を持って車の中で座禅

をしながら、まだ来たことのない周囲の風景を楽しみ眺め、九十三歳になって初めて会う朴への縁を、しみじみ

と思い乗っていました。

 御一緒して頂いたのは、毎月行っている朴庵例会の会長である稲荷さん御夫妻と、稲荷愛子さん、計五人。

恐らく、こうして一本の木に会うため心躍らせて遥々とやってきた者はあるまいと、私は朴との縁の深まってゆくのを、

禁じ得ませんでした。

 人間の寿命は、長くて百年だが、これから会いに行く朴は、七百年も生きている。そう思うだけでも、生きていて

よかったと、しみじみと思うのでした。特に車椅子の人となってから、奄美に旅し、こんどは新見市の朴に会う旅なの

で、今までの旅と違った思いが去来して、運転してくださる片山さんの隣りに座して、しみじみと命なりけりの思いを

深くしました。

 多くの人は、名所であ.るから、旧跡であるから旅します。また食べるための旅もあります。でも、樹に会うための

旅は、屋久島の屋久杉を観に行く旅が知られていますが、私たちは朴を見に行く旅です。特に私は車椅子を持って

の旅ですので、その感激は特別でした。車椅子は片山さんが押して下さり、聖樹に会うことができました。
 母なる聖樹は、花を咲かせて待っていて下さいました。根もとには摩利支天が祭ってありました。私は木魚を叩い

て般若心経を唱え感謝と喜びを申しました。額(ひたい)をつけて祈り、更に千年の聖樹を乞いました。

 一片の雲もない空に高々と咲く大輪の白い花、親木の下から幾本も出ている若木たちがつけている花、まったく

母なる樹でした。村の人たちから守られてきた樹だけに、この新見の朴は、聖樹という名にふさわしい樹でした。

どうか一人でも多く訪ねて、緑を結んでください。

 私たちは掛の下で、食事をしました。

 鶯がよい声で祝してくれました。
 
          
                    2 良 書 紹 介

 森信三先生の第一の弟子として、先生亡きあと、その学問と業績の宣揚に尽力してこられた寺由一清さんが、

「素読のしずく」という本を出版されました。素読とは、広辞苑によれば、文章の意義の理解はさておいて、まず

文字だけを声をたてて読むこと。漢文学習初歩とされ、「論語を素読する」とあります。声を立てて読む、これが

今の人たちの中から消えてゆくので、最近このての本がいろいろ出版されていますが、一清さんの本は、森信三

先生の遺訓を入れての編集なので他と違い、お茶で言うならば玉露のように身に染みてきます。尚「しずく」とある

のは滴、雫で、ことはが光となり、力となって体の中に染み入ってくるからでしょう。廉価で好い本です。

〒596−0053、岸和田市沼町28−18。不尽叢書刊行会。領価 六〇〇円(送料別)です。


                  3 言霊の幸(ことだまのさち)

 この本の第三章に「言霊の幸」とあり、短歌が出ていますが、私の好きな柿本人麻呂の歌を付け加えさして貰います。

  敷島(しきしま)の日本(やまと)の国は
  
  言霊(ことだま)のたすくる国ぞ
  
  真幸(まきき)くありこそ

 海に囲まれたこの国の言葉は、実用的な外国の言葉と違い、宇宙性を持っています。老いても詩を作り続けるのは、

そのためです。


                     4 前 月 号 か ら

  一位 前進。二位 車椅子.三位 脳血栓の妻へ。四位 相寄る魂。五位 無心でした。

  詩を書くことの難しさを痛感しながら、詩を書いています。今月号には短歌を載せましたが、短歌は若い時

から二十年も専心作ってきましたので、時にはこうして作ることもあり、掲載しました。短歌は日本文学の主流

でした。今はもうこの三十一文字のリズムを体に持つ人が殆ど居なくなりました。

      詩   国  ト ッ プ ペ ー ジ へ

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