坂 村 真  民  の  世  界

よ う こ そ タ ン ポ ポ 堂 ヘ(最終更新2002.9.28)

   (双海町シーサイド公園の芙蓉の花・2002年9月21日撮影)

ようこそ、坂村真民の世界へ、ようこそタンポポ堂へ、真民さんの詩の魅力と真民さんに関する情報をあなたに届けます。

1.詩 国 10 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
3.朴庵(ほうあん)例会のご案内 4.坂村真民全著作一覧 
5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー(越中・風の盆)
7.作成者からのご挨拶 8.坂村真民関連HPリンク集
9.メッセージボード  

     あなたは  人目の来訪者です。 


坂村真民さんの略歴

明治42年1月6日  熊本県に生まれる。8歳の時に、父親

の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男とし

て母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年 神宮皇

学館(現皇學館大學)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につ

き、36歳全州師範学校勤務中に終戦を迎える。昭和21年

から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩

作に専念する。始めは短歌を志し、昭和12年『与謝野寛

評伝』を著している。四国に移住後,一遍上人の信仰に随

順して仏教精神を基調とした詩の創作に転じる。昭和37年、

月刊詩誌「詩国」を創刊、以後毎月、一回も休むことなく発

刊し1200部を無償で配布している。また詩の愛好者によっ

て建てられる真民詩碑は日本全国47都道府県に分布し、

その数は現在,海外の20基と合わせると約636基となる。

主な著書は、4.「坂村真民全著作一覧」に載せてます。

(南股小学校の除幕式にて(12.9.16撮影)

                                                                


1.詩 国  10 月 号 第 四 十 一 巻 10 月 号
             
                                                                     
 新  薬


新薬
「心の薬」 が
発売され
みんなの頗が
明るくなった
みんなの心が
前向きになった
二十一世紀が
これで救われる
そんな思いが
するようになつた
天を貫くものは
真心
地を潤すものは
真心
天地が
生き生きしてきた

 大和の国よ幸くあれ        

深夜起きて
扉書ききをする
文字は
真心の二字
大詩母さまも
来て下さリ
励ましてくださる
あなにやし
あなにやし
若い二人の神が
国産みされた
大和(やまと)の国よ
幸(さき)くあれ

   ※あなにやし…ああ美しい
    

 心 の 薬 

ころころするから
心と言うのだが
このたびころころしない
薬ができたので
もう安心です
一家そろって
飲みましょう
あかるく
げんきでいるため
たのしく
しあわせに
すごすため

  お か げ

第一刷二〇〇二年七月三十日
第二刷二〇〇二年九月三十日 
すべては
大字宙大詩母さまのおかげ
念修観音力のおかげ
念ずれば花ひらく
八字十音の真言のおかげ


  い の ち の 手

ながいながい
暑い夏だった
物も言えず
口から食べることもできず
独り寝ている妻は
さぞ長い夏であったろう
生きるということの
奥の世界を
しみじみ思い
いのちの手を
握り合う


  懸 命 の 声

深夜
階下(した)から
聞こえてくる声
痰(たん)がつまって
吐き出す時の
叫びにも似た
大きな声

生きる命の
体いっぱいの声
八十五歳とは
思えぬ
懸命の声

  地  雷

地雷を作っている国
地雷を作っている人間
そのために死んでいく子供たち
そういうことを考えるだけでもよい
知るだけでもよい
それが二十一世紀に学ぷ
第一のことだ
右悩も左脳も
そういうことを考える
人間になろう
新しい詩も
そういう詩であれと
わたしは叫ぶ
ナムアミダブツも
ナムミヨウホウレンゲキョウも
そのための称名であれ
お寺参りも
教会行きも
そういうために
足を運ぷのだ

  こ の 三 人

一遍
真民
もう一人加えたら
一村
この三人が
同志同行者だ

 

           

 声 な き 声

 地雷を作る
 人がいる
 地雷を作る
 国がある
 お金になるなら     
 どんなことでもする
 サタンが
 増えてきた
 地球に額(ひたい)を当てて
 祈るわたしに
 聞こえてくる
 声なき声よ


 地球に恋する男

 母なる地球に
 恋する男
 それがわたし

 地球に
 額(ひたい)をつけて
 祈る男
 それがわたし

 地球をよくするため
 詩を作り続ける男
 それがわたし

 笑う人よ
 笑え


  手 形 の 石

 八十八歳になられる
お大師さまのお母さんが
息子のお大師きまに
会いに来られ
その時急に雨が降り
お大師さまが
そこにある石を
両手で持ち上げ
雨を避けられたという
手形の石が
今もあるという
重信君の話に
わたしは感動した
お大師さまは
六十一歳で
即身成仏(そくしんじょうぷつ)されたので
まだ五十歳だったろう
女人禁制の高野の山での
母と子の対面
わたしは胸が熱くなった
始めて聞く話だったので
仮説とは言え
わたしの耳から
消えないであろう

 感 謝 の 詩

 ああ
 「心の薬」を
 誰よりも早く
 飲まねばならぬのは
 このわたしであった


 神々の悲しみ

聞こえてくるものは
神々の嘆き悲しみ
それを聞く外に
二十一世紀を
救うすべはない

深夜目覚めて
独り
宇宙真言を唱える


  お  礼

 「心の薬」が届いてから
誰よりも熱心に
飲んでいるのは
このわたしであろう
神さまへも
仏さまへも
差し上げているから
よい薬だと
ほめてくださリ
毎日熱心に
飲んでる
殆どわたしは
薬は飲まないが
この薬だけは
毎日飲んでいる
飲み過ぎても
何の副作用もないので
天下一品の薬である
省邦さんは
実にいい薬を作られた
厚く厚く
お礼を申し上げよう

                   後        記
                           
             1 「心の薬を」誰よりも早く飲まねばならぬのは、
              このわたしであった。

  これを十月号の大表題としよう。これはわたしの大実感である。ある方は、人類の妙薬だと言って下さった。

 またある方は、杉本省邦さまの文章が、詩とぴったり合って絶妙な味を醸し出していて、すはらしい本だと思い

ます、と書いておられます。薬という字は草かんむりに、楽とあり、楽しくならなけれはなりません。

 二度とない人生を、どう生きるか、それがわたしの根本精神でした。宇宙は、真、善、美からできていますが、

みんながその心を心として生きたら、戦争ばかりしてきた人間の歴史を、少しでもよくすることができます。

わたくしは地雷の詩を始めて書きましたが、知れば知るほど、恐ろしい世界になってゆく、母なる地球の嘆きが

 胸にひびいてきます。

  私は今、地雷原を走った戦場医篠原利和氏の講演集を読んでいますが、その中に、こういうことが書かれて

います。人間がやっていることなら、人間が変えていける。それと同時に、こうやって地雷を作っているのも、戦争

を起こしているのも、人を殺しているのも結局は人間なのです。国かもしれない、アメリカがやっているとか、そう

いうことではなくて、人間がやっていることなのだから、人間が変えていける。僕は人間だから、僕も変えていける

何かになれるかもしれない。人間が人間を変えてゆく、争いを止められないとしても。

  その他、地雷について詳しく書かれ、また全国を講演して居られます。私が「詩国」を刊行しているのも、

人間が人間を変えてゆく、少しでもいい大宇宙大和楽の「詩国」にしようという念願からなのです。

  杉本省邦さんも、そういうわたしの詩心に共鳴して、「心の薬」と題して書いて下さったのでした。私のため

に書いてくださったのだと思って、毎日のように、この薬を飲んでいるのです。どうか皆さんも、よく読んで自分を

変えて下さい。多種多様な地雷が作られています。それも子供相手の地雷です。篠原さんは一個五〇円ででき

る地雷の見本をいろいろ見せて講演して居られるが、子供たちは恐ろしい地雷とは知らず、愛らしいおもちゃ型

の地雷を見て拾い、一瞬にして他界します。

 世界中の教会で、寺院で、神仏をたたえる祈りが毎日行われていすが、一方では何万という美しい地雷が作ら

れているのです。お互い地雷についてもっと知りましよう。

             2  お ね が い

 「心の薬」発売以来、忙しい日を送ってきました。真美子が手伝ってくれなかったら、とても一人ではできない

毎日でした。毎日食べるお米一位でも、ロに入るまでは大変な労力がかかっていますが、一つの本ができあがり、

机上に届くには深い心がこもります。私も老齢となり、お金を入れ注文したが、まだ送ってこないという方がある

かも知れません。どうか御一報下さい。おねがいします。

             3  気 海 丹 田 と う ど ん

 私の好きな字の中に、気がある。昨日新築された味十味(あじとみ)さんの家にお祝いに行ったら入口の処に、

私の書「気海丹田」の大文字の額がかかっていて嬉しかった。鳩寿真民とあるので、九十歳になって書いた字で

ある。御夫妻は熱心な詩友なので、九十八番碑も建設されており、久しぷりにお会いして新築を祝した。

丹田(たんでん)うどんとして、新しい出発をされることを提案し御繁盛を祈った。場所も第四十八番札所西林寺に

近く、水で有名な、杖の淵も近くにあり、よい処だった。

               前 月 号 か ら

 今年は特別暑かったせいか、長い長い夏だった。暑さは年老いた者には特別体にこたえる。特に私は人と

違った就寝、起床をしているので、冬生まれのせいもあり、寝苦しい夏だった。でも日本はよい処。春夏秋冬

があり、感謝すべきだと思う。それにしても上層部の人間たちの誠意のなさには、あきれ果てる。

 私は金にもならない詩を書いてきたが、今にして思えば、神仏に感謝すべきだと思う。

 さて、第一位は真心だった。そして思ってもいなかった、男ありけりに共鳴して下さる方が多く、嬉しかった。

報われる思いがした。お互いしっかり生きてゆきましょう。
                

     詩   国  ト ッ プ ペ ー ジ へ

[PR]横浜で超魅力価格の記念写真を:記念写真が大人気、結婚写真、成人式写真