坂 村 真  民  の  世  界

よ う こ そ タ ン ポ ポ 堂 ヘ(最終更新2002.10.27)

   (双海町シーサイド公園の芙蓉の花・2002年9月21日撮影)

ようこそ、坂村真民の世界へ、ようこそタンポポ堂へ、真民さんの詩の魅力と真民さんに関する情報をあなたに届けます。

1.詩 国 11 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
3.朴庵(ほうあん)例会のご案内 4.坂村真民全著作一覧 
5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー(越中・風の盆)
7.作成者からのご挨拶 8.坂村真民関連HPリンク集
9.メッセージボード  

     あなたは  人目の来訪者です。 


坂村真民さんの略歴

明治42年1月6日  熊本県に生まれる。8歳の時に、父親

の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男とし

て母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年 神宮皇

学館(現皇學館大學)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につ

き、36歳全州師範学校勤務中に終戦を迎える。昭和21年

から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩

作に専念する。始めは短歌を志し、昭和12年『与謝野寛

評伝』を著している。四国に移住後,一遍上人の信仰に随

順して仏教精神を基調とした詩の創作に転じる。昭和37年、

月刊詩誌「詩国」を創刊、以後毎月、一回も休むことなく発

刊し1200部を無償で配布している。また詩の愛好者によっ

て建てられる真民詩碑は日本全国47都道府県に分布し、

その数は現在,海外の20基と合わせると約636基となる。

主な著書は、4.「坂村真民全著作一覧」に載せてます。

(南股小学校の除幕式にて(12.9.16撮影)

                                                                


1.詩 国  11 月 号 第 四 十 一 巻 11 月 号
             
                                                                     
 愛

愛を
失ってしまった
人間たち
愛を持ち続けている
動物たち
愛媛という県に
移り住んで
愛という字を
誰よりも多く
書いてきた
わたし
山は父
川は母
山はきびしく
川はやさしく
愛に輝く
ああ
大和(やまと)の国よ

 予  言

戦争ばかりする
人間たちは
いつかこの地球から
消えてゆくだろう
そして
熊や象たちの
世界となるだろう
空もきれいになリ
海もきれいになり
吹く風もすがすがしくなり
神さまも
仏さまも
何の心配もなく
鳥たちと一緒になリ
母なる地球に
祝福を
与えてくださるだろう
わたしが飛天になろうと
願ったりするのも
そんな世界を
見たいからだ



 妻の一生

十八歳で
嫁に来て
いま八十五歳
苦労ばかり
かけ過ぎて
こんな病気になったのかと
ものも言えず
ロから食べることもできず
ただ寝ている妻が
あわれでならぬ
せめて家庭看護で
朝夕顔を見るだけでもと
祈りに祈る
あけくれよ



 生きるのだ

生きるのだ
生きるのだ
リンリンと
生きるのだ
足が弱っても
心は弱ってはならぬ
頂いた「心の薬」を
一番多く
飲まねばならぬのは
このわたしだ
しっかりしろ
しんみん



 ふしぎだふしぎだ
        一村と真民

一村さんの戸籍名は
孝(コウ)
タカシ
真民の戸籍名は
昂(コウ)
タカシ
ふしぎだ、ふしぎだ
イッソン
シンミンと
わたしの好きな
ンの字の二人だ
ふしきだ
ふしぎだと
この頃
切に思うようになった



 ニューヨーク
  大菩薩禅堂の大鷲へ

大鷲よ
お前が
わたしのメッセージを聞いて
飛んで来たという
重信君の話は
わたしをいたく感動させた
わたしは酉年(とりどし)生まれ
かつては鳥だったのだ
鳥の血が流れているので
他の誰よりも感動した
そのうち飛天になったら
必ず訪ねてくるから
待っていてくれ
二羽揃って
広大な禅堂林の中を
飛びまわり
大宇宙大和楽の
大念願を唱え
生きとし生けるものの
平和と幸福とを祈ろうではないか


              

  

 いいんですか

極楽往生して
喜んでいても
この世に残してきた
子供たちが
苦しみ
生きているのを
あの世から眺めて
あなたはそれで
いいんですか
生きている時
信仰したおかげで
天国へ行き
極楽に行き 
幸せになったって
この世に残してきた
子供たちが
苦しんでいるのを
遠くから眺めているだけで
いいんですか
死後の信仰だけのため
寺へ行き
教会に行き
それを信仰だと思っている
それで
いいんですか
人殺しの
戦争などしないこと
地雷など作らないこと
わたしは死んでも
この世のことが
気になってなりません
わたしはあの世へ行かず
飛天になろうとするのも
この世のことが
気になってならないからです
あの世のことは
すべて神仏にお任せして
この世を幸せにすることを
もっと真剣に
祈ろうではありませんか


 真 善 美

「心の薬」を
飲みましょう
宇宙の真善美が
心の中に生まれてきます


 信  仰

宗教はいらぬ
信仰だけでよい
大宇宙大和楽の
信仰だけでよい


 夜 明 け

何と良い夜明けの
空であろう
この美しい空を
太古から神は見てこられ
祝福されてきた
それに気付かず
人間たちは
戦争を続けているのだ


 前  進

前進
前進
ただ
前進
そしてこの世を終え
飛天となる
人の世の幸せのため


 拉  致

何の罪もない人を
拉致する
国があった
それを何十年も
ほっておく
国があった
長く生きていると
文明の世とは思えぬ
大きな事件が次々に
展開する


 危 惧(きぐ)

このまま行ったら
日本は滅びるかも知れない
そういう危惧不安が
秋の空の雲間から
見えてきてならない


 底  辺

しっかリしろと
皆さんから激励を受ける
私は底辺の人たちの声を聞くのが
何よりの力となる
私は底辺の詩人である


 衰  弱

精神の衰弱!!
これはかってないほど深くなった


 九度山と甘酒

お大師さまが
月に九度も
お母さんに
会いにこられたので
そう今も呼んでいるのだという
何という母子のうるわしい
言い伝えであろう
また甘酒を作って
高野の山のわが子に
届けられたという話も
九十歳を越えた
わたしの心にしみた
この母あリて
この人ありと心が熱くなった
                

                   後        記
                           
                    1 未曾有の国難を突破しよう

 これは朴庵十月例会のテーマである。無謀な戦争をしたことによって、かつてない敗戦国となり、心の荒廃は

今や救い難いものとなった。特に国を救わねばならぬエリート族の精神の低下は、唖然とするほかはない。ここ

で言う国難は、心の国難である。男に志なく、女に子育ての愛乏しく、日本国古来の清明の気が、感じられなく

なった。そんなことを思い例会のテーマとして話をしたのであった。人数は少なくてよい。立ちあがる人が欲しい

のである。今の闇を突破しようとする若い人の出現を、わたくしは切念してやまない。


                    2 天 高 し

 秋は気が澄んで空が高く感ずる。それを秋高しとか、天高しとか言う。高浜虚子(きょし)の句に、

 天高し雲行く方に我も行く

 というのがある。わたしの好きな句である。虚子は、わかるということを強く言った人であった。近ごろわからな

い俳句や短歌、詩が多くなった。雲行く方に我も行く。何と言うさわやかな句であろう。天地一体となり、生きてい

る人の喜悦感が、実に素直に表現されている。車時代となり、人の心も自然から離れ、日本人はどうなってゆく

のであろうか。


                   3 本気、本腰、本物

 本気というわたしの詩を読んで、感動し感激し、本気塾という塾を開設された戸田勝身さんが、来訪されたの

で、「本気本腰本物」と半折に書き差しあげた。

 詩を読んで皆さんが本気になって下さることは嬉しいが、多くの人は一時の興奮に終わり、気は消えてしまい

持続しない。それをどう持続させるか、それが本腰である。腰は肉づきへんに要(かなめ)と書く。体の中の要が

腰なのである。車時代となり、靴の時代となり、親指ではさんで歩いていた下駄や草履の時代を全く経験しない

今の人達は、腰がダメである。相撲取りがダメになったのは、スリッパはいて車に来り、国技館にやってくるよう

になったからだと言われるが、確かにそうだろう。腰くだけという言葉があるが、腰は体の中で一番大事な処で

ある。本気になったら本腰の人とならねばならぬ。つまり気海丹田を不動のものにするのである。森信三先生の

立腰教育は、そこからきている。

  わたくしはいつも腹巻きをしている。体は弱いが、病気しないのは、この腹巻きのせいだと思う。腹巻きをする

と、呼吸が丹田呼吸になる。丹田呼吸を別名釈尊の呼吸法という。その頃は四十代が平均寿命であったが、釈迦

は八十歳まで生きられたので、釈尊の呼吸法とたたえたりするのである。

 本物になるためには、長生きをしなければならぬ。

 山本空外先生を本物の中の本物と言ってきたが、もうこんな方は出ないであろう。


                    4 屋久島の碑

  母なる地球、母なる海、海は生命の根源である。生命に一番大事なのは酸素である。その酸素を作り出したの

は海の中の藻であった。その藻の研究をしておられるのが『詩国』愛読者の竹中裕行(岐阜県)さんであり、その研

究所のある沖縄を遥か下った宮古島に「大字宙大和楽」の碑があるが、このたび、NHKの朝のドラマ「まんてん」

の島、屋久島にも「念ずれば花ひらく」の碑が建立され、写真が送られてきた。建立して下さったのは東大阪市に

ある玄清寺の御住職である杉森隆志様だが、その別院が屋久島の慶照院にあるので、建立して下さったのである。

なかなか良い碑であった。そのうち画家田中一村で一躍世に知られた奄美にも「念ずれば花ひらく」碑が建立され

るので、南の島に三つ碑が建ち、海の好きなわたしの何よりの記念となる。すべては大詩母さまのおかげである。


                    5 前月号から

 長生きしたおかげで、杉本省邦きんとの所縁が生まれ「心の楽』という本が出来、感謝で一ばいです。

知友の方にも紹介して下さい。

  さて前月号は、第一位 新薬でした。二位 いのちの手。三位 地雷。四位 地球に恋する男。五位 懸命の

声でした。どうか皆さん、老いの身を励まして下さいませ。


     詩   国  ト ッ プ ペ ー ジ へ

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