坂 村 真  民  の  世  界

よ う こ そ タ ン ポ ポ 堂 ヘ(最終更新2003.9.24)

   ( 富山県・越中 八尾の風の盆 ・2003年9月1日撮影)

 

1.詩 国 10 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
3.朴庵(ほうあん)例会のご案内 4.坂村真民全著作一覧 
5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー           (越中八尾・風の盆)
7.作成者からのご挨拶 8.坂村真民関連HPリンク集
9.メッセージボード  

     あなたは  人目の来訪者です。 


坂村真民さんの略歴

明治42年1月6日  熊本県に生まれる。8歳の時に、父親

の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男とし

て母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年 神宮皇

学館(現皇學館大學)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につ

き、36歳全州師範学校勤務中に終戦を迎える。昭和21年

から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩

作に専念する。始めは短歌を志し、昭和12年『与謝野寛

評伝』を著している。四国に移住後,一遍上人の信仰に随

順して仏教精神を基調とした詩の創作に転じる。昭和37年、

月刊詩誌「詩国」を創刊、以後毎月、一回も休むことなく発

刊し1200部を無償で配布している。また詩の愛好者によっ

て建てられる真民詩碑は日本全国47都道府県に分布し、

その数は現在,海外の20基と合わせると約657基となる。

主な著書は、4.「坂村真民全著作一覧」に載せてます。

(南股小学校の除幕式にて(12.9.16撮影)

                                                                


1.詩 国  10 月 号 第 四 十 二 巻 10 月 号
             
  熊本県近代文化
 功労者賞を頂く


 母への恩返しが
 やっとできた
 一番喜んでくれたのは
 母だ
 母の家からは
 阿蘇中岳の煙が
 真正面に
 見えていた
 わたしは母が望む
 人間にならず
 世捨てびとのような
 西行(さいぎょう)
 芭蕉(ばしょう の
 道を行く
 人間となり
 母には本当に
 すまなかったが
 やっと恩返しができ
 母の位牌の前に供え
 お礼を申す
 山本空外先生

 岩波書店版
 広辞苑には
 山本五十六(いそろく)
 山本荷兮(かけい)
 山本嘉次郎
 山本鼎(かなえ)
 山本勘介(かんすけ)
 山本丘人(きゅうじん)
 山本健吉
 山本権兵衛
 山本薩夫
 山本実彦
 山本周五郎
 山本宣治
 山本長五郎
 山本芳翠(ほうすい)
 山本北山(ほくざん)
 山本有三
 など出てくるが
 山本空外は
 出てこない
 わたしが本物中の
 本物であると絶賛する
 山本空外先生は
 出てこない
 頭脳は世界一
 信仰も世界一
 千年後にも生きている
 本物中の本物である
 空外先生
 世界哲学の最高の人よ
 広辞苑に出て来る人は
 皆消えたとしても
 明星のように
 世尊と共に
 光るひと
 山本空外先生よ


  観世音菩薩のお体

 春苔尼先生は
 もう人間ではなく
 宇宙の人であった
 観世音菩薩
 そのままのひとであった
 先生のお体は
 すき通っておられた
 温かい血で
 水晶のようであった
 わたしは点滴の管(くだ)を握り
 先生と一体となり
 天に昇ってゆく思いがした
 おん手おん体は
 慈悲の血に染み
 生きながらの
 観世音菩薩であった
 わたしは初めて
 先生のおん手をにぎリ
 点滴を見つめていた


 どこへ行くのか

 どこから来て
 どこへ行くのか
 それを知るため
 わたしは詩を書き
 生きているのだ
 いいかげんなことで
 妥協したり
 安心したりして
 ごまかしてはならぬ
 なんという
 乱れに乱れた
 世の中になってしまったか
 流れ流れて
 雲のように
 消え失せてゆく
 人間たちよ


 鳥 に な れ

次ぎの世は
鳥になれ
もう人間になるのは
こりごりだ
なんのために生きているのか
わからぬ人間たちよ
次ぎの世は
わたしのように
鳥になれ
宇宙を
自由自在に生きる
鳥になれ

 ど う な る の か

 今すべての国民が
 一番不安なのは 
 一体日本は
 どうなるのか
 という危惧(きぐ)である
 明治、大正、昭和、平成と
 生きてきて
 この罪は
 誰が作ったのか
 庶民ではない
 すべて政治家である
 官僚であるとも言いたいが
 もう救えない処まできている
 春日大社の
 葉室宮司さまに
 救ってくださいと
 手紙を書こう
 わたしの朝夕の思いを
 一言主の神〔ひとことぬしのかみ)さまにも
 お願いしよう


 何よりの誇り

 空外先生の
 百年の御生涯は
 美しい
 こんな美しい
 生涯を持った人は
 古今にも
 東西にも
 ないだろう
 お会いできたことを
 何よりの誇りとしよう


 ふすま一つへだてて

 深夜
 心配だからと言って
 妻を訪ねて
 来る人があり
 わたしも
 目を覚まして聞く
 真美子の
 明るい声が
 救いである


 ミレーと共に

   1
 ミレーと共に
 なげきかなしみ
 ただ祈る

   2
 ミレーと共に
 朝夕祈る
 タンポポの咲く
 タンポポ堂

   3
 ミレーと共に
 祈る日本の
 行く末を

   4  
 ミレーと共に
 荒れゆく日本の
 かなしみを

   5
 ミレーと共に
 祈る
 日本の詩人なり


  宇宙の言葉

 宇宙は
 火星を接近させて
 言う
 いつまでも
 人殺Lの戦争を
 続けていると
 いつか火星のように
 生きものも居ない
 星となると
 火星を眺めていたら
 そんな言葉が聞こえてきた


  初 光 吸 飲

 重信川の堤防に立ち
 東天から輝き出る
 初光を
 吸飲し祈る
 天光り
 地光り
 川光り
 曼荼羅(まんだら)光る
 ああ
 人殺しの戦争を続ける
 人間たちよ
 いつの日か
 消えてしまえ

                   後        記
                           
             1  熊本県近代文化功労者賞

 熊本県教育庁からの突然の知らせで、このような賞を頂き、母への恩返しができた。長生きしたおかげだと、

神仏に感謝し、明かりをともして御礼を申した。

                   2  『千年のまなざし』

 これは平成十一年一月六日(わたしの誕生日)に、ぱるす出版社から刊行された詩集である。この詩集は

良い本だが、あまり持っている人はいないと思う。

 まなざしというのは、わたしの好きなことばで、サンマーク出版から出ている詩集にも「『宇宙のまなざし』と

いうのがある。

 眼は心のあらわれと言う。『千年のまなざし』は、千年後の世界のことを祈る心であり、『宇宙のまなざし』は、

宇宙の中でただ一つの母なる星地球を、戦争のない住みよいものにする祈りの心である。すべての人が、

これを持つよう、わたしは切念するのである。一日一日が祈りであるわたしには、初光吸飲は何よりの薬である。


             愛 の ま な ざ し

            すべては
            愛である
            どん底に
            落ちたひとを
            救いあげるのも
            愛のまなざし

            千里万里を
            飛びゆく
            鳥たちの
            あのまなざしを
            見つめよう

            強くあれ
            優しくあれ
            清らかであれ

 これはこの詩集の最後の詩であるが、千年たっても、愛だけは新鮮で、老いることはない。


               3  愛 の ひ と

 妻の叫び(うなり声)が一晩中続いた。どうして、こんなにいい人が、あんなに苦しまねばならないのか、

悲しかった。私も眠れず、観音経を唱えて祈る。真美子も眠れなかったであろう。可哀想でならなかった。

 このひとは、愛のひとである。可愛がっていた鳥が、ふとしたことから飛び去り、わたしと妻とは東と西に別れ、

小鳥の名を呼び続けた。三十分もたったが、どこへ行ったか、どうしてもわからず、夕暮れがせまるのに帰って

こない鳥を呼び続けた。その時のことを、わたしは、永久に忘れないだろう。妻は、その鳥を呼び返したのである。

飛びたった鳥は帰ってこないと言うが、帰ってきたのである。

 そんなことを思って、わたしは、妻の叫び、苦しみの安らぐのを祈った。


               4  良 い 手 紙

 生命を持っているものを生業としている漁業と農業とでは、大分違う。テレビに写し出される魚たちの

水揚げの姿には、心が苦しくなるが、心を込めて作った野菜や、果物の美しさは、見ていてありがたい感謝の

心になり、貰っても仏前に供えてお礼を申しあげる。わたしは、良心的な無農薬無化学肥料で栽培している

若いグループの人たちと親しくしているが、昨日、いい手紙をもらった。その一部を紹介しょう。

 「お天気相手の農業は、なかなか大変なところがあります。地球がなにか怒っているように感じられてなり

ません。また、今年の雨は、泣いているように感じました。」とあった。

 頂いた、サツマイモ、ミニ南瓜、ゴボウ、里芋、みなしみじみと食べ、手を合わせた。

 わたしは、こういう方々に感謝する。日本を救ってくれるのは、こんな方々だと思い、一文を草した。


               5   前 月 号 か ら

  一 位 「長い人生よ」。 二 位 「金鉄の遺伝子」。 三 位 「忘れるな」。 四 位 「ツバメのことば」。

五 位 「母念の碑」。 ありがとうございました。

   

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